阪神Vが最高の良薬
    2005年 10月 25日
今日の日刊スポーツにこんな記事が…

尼崎JR脱線事故からきょう25日で半年。
事故から無意識に近い状態が続き、約5カ月後に言葉を発し、奇跡的に回復の兆しを見せた西宮市の鈴木順子さん(30)の家族が24日、日刊スポーツの取材に応じた。

順子さんは熱烈な阪神ファン。今は笑顔と断片的な言葉しか口にできないが、
懸命にリハビリに取り組んでいる。母のもも子さん(57)は…
「娘も必死に闘っています。タイガースも日本一になってください」と話している。

奇跡の回復を夢見て、順子さんは西宮市内にある入院先の病院でリハビリを続けている。もも子さんら家族と看護士2人に支えられ、1日約50分。うつぶせになり足の屈伸を始めると、声が出る。「痛い」。順子さんが口にする言葉は、今はこれだけだ。

 順子さんは4月25日、コンピューター関連の資格を取得する講座に通うため快速電車の2両目に乗っていて事故に遭った。数時間後、救出されてヘリコプターで大阪市内の病院に運ばれた。一命は取り留めたものの「脳挫傷」「肺挫傷」などと診断され、ほぼ無意識の状態が続いた。医師は、もも子さんらに「覚悟しておいてください」と告げたが、5月下旬に自発呼吸が戻り、家族の問い掛けに薄目を開けるなど徐々に回復。
そして事故から約5カ月後の9月17日。もも子さんの「お母さんと言ってみて」という声に…「お母さん、お母さん」と答えた。周囲には「一緒に遊ぼう」などと話した。
ここ数週間は再び言葉を話さなくなったが、代わりに笑顔が戻った。もも子さんらの
他愛のない会話に「フフ…」と笑い声を漏らすこともある。

 もも子さんらが最高の良薬と信じるのが、
順子さんが大好きな阪神タイガースの日本一だ。03年のリーグ優勝は、
自宅の居間でテレビ観戦。V決定の瞬間は、応援用バットを打ち鳴らし大騒ぎ。
「あの子が『ヤーノ、ヤーノ』と叫ぶので『何言ってんの』聞くと、
矢野捕手のことでした」
(もも子さん)。今岡もお気に入り。

数年前、尼崎市のデザイン事務所に勤めていた際には、タイガースのロゴを制作する仕事にも従事していた。タイガースが生活の一部だった。

もも子さんによると、順子さんの主治医はもも子さんに…
「若いだけに、よい刺激を受ければ回復に向かう可能性はある」と語っているという。

「阪神が日本一になったら、きっと最高の刺激になるはずです。あの子も必死にリハビリを続けています」ともも子さんは話していた。

あの痛ましい事故から半年。電車に乗ることが怖い。または乗れない人もいるはず
絶対忘れてはならない事故ですね。
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by hide-cite | 2005-10-25 16:15 | 野球
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