柔道・女子無差別級
    2005年 09月 12日
昨日の柔道は感動~(TT)

e0007617_1822690.jpg女子無差別級決勝で
「薪谷 翠(しんたに みどり)」が残り14秒、
「つばめ返し」で一本勝ちした!

再起不能と言われた右ひざの大ケガを克服して見事に金メダル(TT)

勝った瞬間、グチャグチャになって涙があふれていた。
決勝の残り14秒、薪谷のつばめ返しがブライアントの巨体を転がした。
4戦オール一本勝ち、しかもすべて逆転勝ちだった!
つらい時間を超えた先に夢の「世界女王」が待っていた。
金ゼロの日本女子の危機を救う唯一の優勝だった。

“あの”大怪我から4年…
2002年釜山アジア大会で右ひざの『開放性脱臼とじん帯断裂』の大怪我!
骨が皮膚を突き破り、失神した。柔道なんて出来ないカラダ…誰もがそう思った。
翌日、当時の吉村監督に「大阪(03年世界選手権)に出すから絶対に治せ」
と言われなければ柔道はやめていた。

03年世界選手権は初戦負け。
後輩の塚田が銀メダルを獲得し、そのままアテネ五輪の金メダリストに成長した。
「あの頃が1番つらかった」と言う。ひざをかばって腰を痛め、立てなくなった。
本当に柔道をやめようと思った。「でも、やり残したことがある」。

【世界女王】それだけを支えに、ボロボロのカラダで稽古してこの日を迎えた。

試合後のインタビューでも嗚咽のようだった。「柔道をやめなくてよかった」。
踏み込めなくなっていたひざが、決勝で奇跡的に動いた。
最も強かった釜山のころの切れを取り戻したつばめ返しが、金メダルを実現させた。
吉村氏が「執念だよ。あいつは柔道人生を懸けていた」。
薪谷の地獄の日々を、天が見守っていたような4試合だった。

◆薪谷 翠(しんたに・みどり)
1980年(昭55)8月15日、和歌山県生まれの25歳。
大宮中、大阪工大高、筑波大を経てミキハウス入社。
01年世界選手権で78キロ超級2位。
全日本女子選抜体重別選手権は01、02年2連覇。
02年釜山アジア大会のひざの負傷から復活した。
得意は小外刈り。1メートル62。
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